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多摩カレッジ

青木登と行く東京散歩

投稿日:2017年09月07日
半年間で6回の講座です。時間は毎月第4水曜日午後1時から4時まで、東京の街のすばらしさを再発見する小さな旅です。受講生は現在22名。今回は2017年8月23日の講座(旧芝離宮恩賜庭園→竹芝ふ頭→日の出ふ頭→(水上バス)→浅草)をリポートします。

この講座の魅力は、何といっても青木流の解説です。豊富な知識と独自の解釈を交えガイドブックなどでは得られない独自の解説が面白いのです。

集合場所はJR浜松町駅北口。ここは狭いので30分前に担当者が待機し、受講者が到着するたびに旧芝離宮恩賜庭園入口へ誘導します。


開始時刻の午後1時には出席予定者全員集合。旧芝離宮恩賜庭園に入場です。


入ってすぐの藤棚の下で概略を説明。(春は藤がきれいでしょうね)
「ここは駅から1分、小さいから短時間で見て回れるのがいいですね。
関東大震災では大きな被害を受けたり魚市場や鉄道敷地の候補になるなど、これまで幾度も存亡の危機があったが乗り越えてきました。」


それでは園内を見て回りましょう。


「この庭を作ったのは小田原藩の大久保忠朝。
州浜も雪見灯籠もともに錆色で渋い。形も不格好。老人が一人たたずんではるかかなたの蓬莱島を眺めているよう。その後方に広がる泉水は鏡のように澄んでいる。完全なるものを嫌った男の斬新的な庭だ。浜離宮庭園は京都の雅を取り入れたが、ここは雅を否定し武家のセンスと自信を全面に打ち出したと言っていい。」


「飛び石は歩きにくいでしょう。これは実用よりも美を求めたものだから。」


「ここは枯滝石組。ふつうは観賞用だがここでは通路になっている。庭は単なる観賞物ではなく生活と密着させることに価値がある。そう信じて高尚な枯滝石組を意識的に実用化させたのではないか。伝統的な京都の庭への反逆精神が込められているようだ。」


桜の季節はここも美しいでしょう。

  
「この石柱は小田原北条家に仕えた戦国武将の旧邸から運ばれたもので、ここが小田原藩(大久保家)の上屋敷であった当初は茶室として使われていたとのこと。」


「前方が根府川山の石組。根府川石は小田原市根府川に産する輝石安山岩。この庭を作った大久保忠朝は小田原藩の大名。
故郷の石を使って故郷の山を作った。水際の荒々しい崖、その上に広がるのどかな丘、そこに一見無造作に置かれた根府川の石。蓬莱島の石組よりも豪快な感じだ。」


「この橋の名前は何と言うでしょうか。答えは『鯛橋』。鯛の形をした1枚石なんです。」


「橋の先が中島で、向う側にはもう一つの橋・西湖の堤がある。中島には蓬莱山。蓬莱山は中国の古代の神仙思想に基づく想像上の山。
ここでは両側から堤と橋がかけられ、神仙境に歩いて行ける。」


「これが西湖の堤で手前が中島・蓬莱山。」

東京の今年の夏は記録的な日照不足でしたが、この日は久しぶりの猛暑日。暑さ慣れしていないせいもあって皆さん少し辛そうでしたが、日差しはすでに秋、超高層ビルに囲まれた旧芝離宮恩賜庭園は美しい都会のオアシスといった感じでした。

次に訪れたのは竹芝ふ頭公園。
出迎えてくれたのはモヤイ像。もとはと言えばイースター島のモアイだが、最近では新島のモヤイ像が有名。
「新島のモヤイという言葉には助け合うという意味があるそうです。」
  
左右にモヤイ像。


そして中央にマスト。


「ここが竹芝公園です。竹芝の待合室は美しいですね。」ステンレス製でしょうか。イルカたちは陽光に輝いていました。


これから水上バスで上流へ向かいます。
「上流に向かって13の橋と鉄橋をくぐりますが、一つとして同じデザインの橋はないんです。
いわば橋のミュージアム。ビルも多彩なデザインだが、橋も見ものですよ。」

みなさん30分の水上散歩を堪能されたようでした。
中でもアサヒビールの黄金の社屋に映るスカイツリーが、水上バスの動きとともに刻々と角度を変えるさまはとりわけ印象深い光景でした。


「正面はアサヒビール。
ビルの形と色がおもしろいでしょう。
あれはビールと泡をイメージしたもの。
吾妻橋のこの位置からが一番景色がいいんです。」

この後浅草寺に参拝して解散しました。













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